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東京高等裁判所 平成4年(ネ)3234号 判決

控訴人

白井征紀

控訴人

落合園子(旧姓・白井)

右両名訴訟代理人弁護士

森卓爾

高橋宏

被控訴人

横浜市

右代表者市長

高秀秀信

右訴訟代理人弁護士

塩田省吾

被控訴人

宮村雅士

右訴訟代理人弁護士

小島周一

右訴訟復代理人弁護士

杉本朗

主文

一  原判決中、控訴人白井征紀の被控訴人横浜市に対する請求を棄却した部分を以下のとおり変更する。

1  被控訴人横浜市は、控訴人白井征紀に対し、金三一九万〇三五五円及びこれに対する昭和六一年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人白井征紀の被控訴人横浜市に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人白井征紀の被控訴人宮村雅士に対する控訴及び控訴人落合園子の控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、控訴人白井と被控訴人横浜市との間では、第一、二審を通じ、被控訴人横浜市に生じた費用を一〇分し、その九を控訴人白井の負担とし、控訴人落合と被控訴人横浜市との間では、被控訴人横浜市に生じた控訴費用を一〇分し、その一を控訴人落合の負担とし、その余は各自の負担とし、控訴人両名と被控訴人宮村との間では、控訴費用は全部控訴人らの負担とする。

四  本判決の一1項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人らは各自、控訴人白井征紀に対し金三六三八万〇五三一円、控訴人落合園子に対し金一一〇万円及び各金員に対する昭和六一年二月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下のとおり付加ないし敷衍するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

1  担任の鈴木教諭の過失について

(一) 本件ホッケー遊びの実態について

(1) 本件ホッケー遊びは、パックを相手方ゴールに入れて得点を争うものであり、スティックを強烈に振ってシュートがされ、また、パックを奪い合うために激しく動き回り、時には身体やスティックがぶつかり合うことがあったのであって、その本質は通常のホッケーと同じであり、相当に激しいものであった。

(2) このような実態に照らすと、本件ホッケー遊びから事故が発生する危険性がかなり高かったというべきである。

すなわち、ゴールにパックを打ち込むべく強烈にスティック代わりの自在ほうきを振り回す。そのため、シュートする者は、必然的に相手方生徒の方向に強くほうきを振ることになる。したがって、シュートのたびごとに自在ほうきが手からすっぽ抜けたり、自在ほうきの先端が柄から離脱して飛んで行ったりして、相手方生徒に衝突し負傷させる危険が常に潜在していた。また、振った自在ほうきに身体が当たって負傷する危険もあるし、更に、パックを奪うべく激しく動き回ってもみあいをしているうちに、転倒したり、机の角等に身体をぶつけて負傷する危険性もあったのである。本件事故は正に右の危険性が具現化したものにほかならず、起こるべくして起こった事故ということができる。

(二) 本件ほうきの状態について

本件事故は、以上のようなホッケー遊びそれ自体の危険性に加え、右遊びで用いられた本件ほうきの先端が欠けており、しかも、先端部分と柄の部分を止めるねじ等の部分がかなり緩んでいたことによって発生したものである。このような状態の自在ほうきが前述のような実態をもった本件ホッケー遊びに使用されれば、自在ほうきの先が外れて飛んでいく蓋然性は極めて高かったのであるから、本件事故は正に起こるべくして起こった事故であったのである。

(三) 本件事故発生についての鈴木教諭の過失

本件ホッケー遊びは、本件事故の約三箇月前から流行していた遊びであったのであり、鈴木教諭自身も三箇月前ころから何度かホッケー遊びの場面を目撃しているのである。そして、中学生とはいえ未だ充分に思慮分別を備えているとはいえない男子生徒の行動であり、ホッケー遊びというからには、かなり激しい競技であることが予想されたのであるから、担任教諭である鈴木教諭は、生徒に尋ねる等してホッケー遊びの実態を調査して、本件ホッケー遊びの危険性を充分予見できたはずである。ところが、鈴木教諭は、軽率にも本件ホッケー遊びを危険がないものと判断し、本件事故の発生を未然に防ぐべき義務を履行せず、漫然と本件事故を引き起こした過失がある。また、本件ほうきに対する点検に当たっても、自在ほうきがホッケー遊びに用いられることがあることを念頭にいれて修理、補修をすべきであるところ、清掃用具として危険がないと判断し、これを怠っていた過失がある。

2  被控訴人横浜市の営造物責任について

営造物が通常有すべき安全性を欠いているかどうかを判断するには、当該営造物の通常の利用者の判断能力、行動能力、設置された場所の環境等を具体的に考慮した上で当該営造物が具体的に通常予想され得る危険の発生を防止するに足りると認められる程度の構造、設備を欠いている状態かどうかを判断することが必要である。そして、学校施設の場合、当該施設を利用する者の判断能力、行動能力は充分とはいえず、冒険心、好奇心がおおせいな児童、生徒であることを考慮しなければならないのである。このような児童、生徒の中には、本来の使用方法と異なる使用方法をして遊んだり、学校側の禁止事項を破って行動する者がいることが予想されるから、そのような行動に対しても予測可能である限り安全措置を講じておかなければならないというべきである。本件ほうきについては、中学生とはいえ未だ充分思慮分別を備えていない男子生徒の場合、それを手にして振り回したり、突いたり、ものを打ったりして遊ぶことに興味を持つことが充分考えられたのである。本件のように自在ほうきを遊具として利用し、これを振り回し、あるいは突く等の行動に出ることは充分予想されたことであったといわなければならない。このように目的外使用であっても予測可能であったのであるから、本件ほうきの管理には瑕疵があったというべきである。

(被控訴人横浜市)

1  国家賠償法一条の責任について

ホッケー遊びの実態が控訴人らの主張のようなものであったならば、本件事故発生前に既に事故が生じていたはずである。しかるに、他にけがをした生徒は一人もいないし、ホッケー遊びで破損したり、先端が離脱した自在ほうきも他に存在しない。自在ほうきを振り回すことにより調理室の備品等が破損したということもなかった。

周囲の生徒らも当時ホッケー遊びが危険だとは認識していなかったのである。このことからも、ホッケー遊びが危険なものでなかったといえよう。

ホッケー遊びでは、ゴルフのパタースィングのような動きはあったとしても、ドライバースィングのような動きはなかった。自在ほうきの柄を両手で上下に持ち、上の手で握ったところを支点に下の手で柄を前後に動かしてほうきを前後に運ぶという程度のことをしていたにすぎない。ホッケー遊びで生徒の生命身体に危険が及ぶ可能性は極めて少なかったものである。

以上のように、本件ホッケー遊びには控訴人の主張するような危険性はなかったのであるから、控訴人の主張は前提を欠くものであり、鈴木教諭がホッケー遊びをしないよう口頭で注意したことをもって指導監督義務は尽くされているというべきである。

2  本件ほうきは清掃のため生徒自身が使用すべき教育用具であり、通常有すべき安全性に瑕疵があったともいえない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一控訴人征紀の被控訴人横浜市に対する請求について

まず、控訴人征紀の被控訴人横浜市に対する請求について判断する。

1  当事者間に争いがない事実及び関係証拠(〈書証番号略〉、原審における証人鈴木豊、原審及び当審における控訴人白井征紀、原審における被控訴人宮村雅士並びに弁論の全趣旨)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  控訴人征紀は、昭和四七年二月一一日生まれで、本件事故当時、被控訴人横浜市が設置管理している横浜市立都岡中学校二年に在学していた。控訴人園子は同人の母親である。また、被控訴人宮村は、昭和四六年一二月九日生まれで、本件事故当時同中学校二年に在学中であった。

(二)  控訴人征紀は、昭和六一年二月六日午後三時一四分ころ、都岡中学校の調理室において、清掃当番中、他の生徒らとホッケー遊びをしていた際、被控訴人宮村がホッケーのスティック代わりに持って強く振り回した自在ほうきの柄から先端部分が外れ、それが飛んで控訴人征紀にぶつかり、左眼球破裂(強角膜、硝子体、虹彩、水晶体脱出)、眼瞼裂傷の傷害を負った。

(三)  都岡中学校においては、本件事故が発生した昭和六〇年度は、保健指導として毎日一五分間、清掃を行うものとし、各学級ごとに清掃区域を分担し、同時に当該清掃区域ごとに清掃用具を配付していた。本件事故の際に使用された自在ほうきは、調理室の隅にある清掃用具箱に収納、保管されていた。そして、この清掃用具については、担任教師が週に一、二度その点検を行い、また、生徒の清掃中に随時点検したり、生徒からの申告によりその不具合を知るようになっていた。

(四)  そして、控訴人征紀及び被控訴人宮村が事故当時属していた二年五組は、自己の教室とそれに隣接する、本件事故の発生した調理室及びその前の廊下部分の清掃を担当していた。なお、清掃に当たっては、生徒を四班に分けて常時一〇名前後で週ごとに交代で教室と調理室の清掃を実施していた。

二年五組担任の鈴木教諭は、清掃の時間中は、二年五組が担当している教室及び調理室を巡回して指導監督をしていた。もっとも、右のように、二部屋を担当していたため、同教諭が常時立ち会うことは不可能であって、目の行き届かない点も多かった。なお、本件事故発生当時は、同教諭は、二年五組の教室内で清掃の指導及び手伝いをしていた。

(五)  教室の清掃は調理室の清掃に比して時間がかかった。このように調理室の清掃が教室の清掃より早く終わるため、余った時間を利用して男子生徒の間で、清掃に用いる自在ほうきを利用してのホッケー遊びが、昭和六〇年一一月ころから流行した。このホッケー遊びは、生徒二名が一組となって二組に別れ、調理室内の固定された調理台の間の空間で、およそ五メートルの間隔を置いて向き合い、調理室内の可動机の足の内側の高さ約六〇センチメートル、幅約1.5メートルの空間をゴールに見立てて、スティック代わりの自在ほうき(長さ一二八センチメートル)をもってパックに見立てたマヨネーズのキャップ、たわし、雑巾を丸めたもの等の疑似パックを相互に打ち合うというものであった。具体的には、この自在ほうきの先端で疑似パックを押し、床を転がしたり、自在ほうきをアイスホッケーのスティックのように振って先端を疑似パックに当ててパックを飛ばし、その結果、パックが二、三〇センチ程度浮き上って飛んでいくこともあった。なお、中学二年の男子生徒ともなると、個人差はあるが、相当な体力があり、自在ほうきを強く振り回すことも可能であった。被控訴人宮村は当時既に身長一七〇センチを超えていた。

(六)  同組担任の鈴木教諭はこのように清掃時間中にホッケー遊びがされていることを昭和六〇年一一月ころから知っており、生徒にホッケー遊びをしないよう幾度か注意を与えていた。しかしながら、同教諭は、ホッケー遊びの実態を詳細には知らず、それが危険なものとは認識していなかったため、専ら清掃の時間中に遊ばないようにとの観点から注意がされ、しかも、その注意はそれほど徹底したものではなかったため、ホッケー遊びは教師の目を盗んでなお継続していた。

なお、中学二年生という年頃は、未だ子供ぽさが抜け切れず、教師の目を盗んでふざけたり、暴れたりすることも多く、また、危険に対する判断力の面で未然な面が残り、軽率な行動に出ることもある年頃である。

(七)  本件ほうきは、本件事故の相当以前から先端部分が半分欠けていた。また、前記のように振り回すことによって簡単に柄の部分から先端部分が外れたことからみて、柄の部分と先端部分とを結ぶねじが相当緩んでおり、更に、金具の部分が歪んでいるなどして外部から衝撃が加えられると比較的容易に柄の部分から先端部分が外れるような状態になっていたものと推認される。なお、当時、調理室に保管されていた自在ほうきの中には、他にも欠陥のあるものがあった。

鈴木教諭は、点検によって、本件ほうきの先端部分が欠けていることを本件事故以前に承知していたが、右欠損は清掃用具の安全性には影響がないものと考え、それ以上本件ほうきの状態を調べたり、修理や交換をさせることもなく、使用を継続させてきた。

(八)  本件事故発生まではホッケー遊びにより生徒がけがした旨の報告はなかったし、調理室内の備品等が破損する事故もなかった。そして、ホッケー遊びに関係した生徒らも、このようなホッケー遊びに危険があるとは認識していなかった。

2 以上の認定事実を前提として、まず、本件ほうきにつき国家賠償法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があったといえるかどうかを判断する。

ところで、同条にいう「公の営造物」とは国又は公共団体により直接に公の目的のため供用されている個々の有体物を意味するが、前記のように、本件ほうきは、横浜市の設置する中学校において清掃の時間に使用させるため備え付けたものであり、清掃の時間は保健指導として年間の教育方針に組み込まれていたものであるから、これが国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」に該当することは明らかである。

次に、同条にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきであり、営造物の設置管理者において通常予測できない行動に起因する事故が発生したとしても営造物につき本来それが有すべき安全性に欠けるところがあったとはいえないが、設置管理者において通常予測することのできる行動に起因して事故が発生した場合には、当該営造物に本来それが有すべき安全性に欠けるところがあったとして、設置管理者にその責めを問うことができるものというべきである(最高裁昭和四二年(オ)第九二一号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁、最高裁昭和五三年(オ)第七六号同年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁、最高裁昭和五五年(オ)第一一一一号同五六年七月一六日第一小法廷判決、判例時報一〇一六号五九頁等参照)。

ところで、前記認定によると、確かに、本件ほうきは、本来の用法である清掃活動に用いられる限りにおいては、たとえ先端部分が半分欠け、また、柄と先端部分とを結ぶねじが緩んでいるなどしたとしても、生徒等に危害が生ずるおそれは乏しかったといえるが、それが置かれていた場所は中学校であり、その使い手は危険についての判断能力の面で未熟さが残る中学二年生であって、未だ子供ぽさが抜け切れず、ふざけたり、物事に熱中して前後の見境がなく軽率な行動に出ることも多い年頃の者であったこと、それが使用されるのは教師の目が必ずしも行き届かない清掃の時間であったこと、清掃の時間は、前記のとおり、毎日あったものであるから、本件ほうきは生徒等にとって毎日手に触れる極めて身近なものであったこと、担任教諭は本件事故の数箇月前に既に清掃中自在ほうきを用いてホッケー遊びがされている事実を知っていたこと等を考えると、営造物である自在ほうきの設置管理者において、自在ほうきが清掃に使用されるだけでなく、毎日の清掃の過程で生徒がふざけ合ってときには振り回されたり、乱暴に投げ出されたり、あるいは本件のように教師の目を盗んで清掃以外の遊びに使われ、振り回されるなどしてそこに相当の衝撃が加えられることがあることも充分予測できたというべきである。したがって、本件ほうきが通常有すべき安全性を判断するに当たっては、このように自在ほうきが振り回されるなどしてそこに相当の衝撃が加えられることがあることも考慮に入れたうえで、そのような使用法がされたとしても安全性が具備されているか否かを判断すべきであるというべきである。

このような観点に立って本件ほうきをみると、前記のように、先端部分と柄の部分を結ぶねじが相当程度緩んでいるなどして、外部からの衝撃により先端部分が柄から外れやすい状態になっており、衝撃の加え方によっては柄から外れた先端部分が飛び、周囲の人間や器物にぶつかってそれに損傷を与える危険性があったものと推認されるから、本件ほうきは通常有すべき安全性を欠いていたといわざるを得ず、本件ほうきの設置又は管理には瑕疵があったというべきである。なお、この点の判断は、前記のように本件事故までホッケー遊びにより何ら事故が発生していなかったからといって(本件事故までたまたま発生していなかったにすぎないと推認される。)、また、ホッケー遊びをしていた中学生達がそれを危険なものと認識していなかったからといって何ら左右されるものではない。

そして、本件事故は、この自在ほうきの設置管理の瑕疵に起因して生じたものということができる。

そうすると、被控訴人横浜市は、公の営造物である本件ほうきの設置、管理の瑕疵によって生じた本件事故について、国家賠償法二条一項に基づき、損害賠償の責めを負うことになる。

3  そこで、控訴人征紀の被った損害について判断する。

(一)  当事者間に争いのない事実及び関係証拠(〈書証番号略〉、原審及び当審における控訴人征紀)によると、以下の事実が認められる。

(1) 控訴人征紀は本件事故により左眼球破裂(角膜裂傷、硝子体、虹彩、水晶体脱出)、眼瞼裂傷の傷害を受け、事故当日から昭和六一年三月八日まで三〇日間、聖マリアンナ医科大学病院に入院した。

(2) 控訴人征紀は、退院後、昭和六二年七月二七日まで同病院に一三回、同年八月三一日から昭和六三年五月二三日まで聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院に八回通院した。

(3) 控訴人征紀は、中学校卒業後県立旭高等学校に進学し、同高を卒業後電算機の専門学校に通学した後、平成四年四月一日から株式会社マスコットに就職し、コンピュータープログラマーの仕事をしている。

(4) 控訴人征紀の平成五年五月二二日現在の視力は、左眼については、水晶体がほとんど流出しているため、裸眼視力は測定不能の状態で、ソフトコンタクトレンズ(なお、ハードコンタクトレンズについては、角膜に歪みが強く、装着が困難である。)による矯正視力は0.05、更に眼鏡を利用しての矯正視力は0.07である。もっとも、角膜に凹があり、コンタクトレンズの長時間の装着は困難な状態にある。なお、今後角膜移植手術を行うことにより眼の状態が改善されることも考えられるが、手術をすると最悪の場合失明の事態も予想され、成功するかどうかははっきりしないものであるから、前記の状態で症状は固定したものと認めるのが相当である。なお、右眼は、近視により裸眼視力が0.1、矯正視力が1.2である。

(5) 控訴人征紀は、左眼の損傷により事故の後暫くは遠近感がなくなり、日常生活に障害を生じたが、その後慣れて日常生活上特に不便を感じないような状態になっている。仕事の上でも、現在のところ一応他人と同様に業務を処理できるが、ほとんど片目でコンピューターの画面を見続けなければならないため、他の人より目が疲れやすいというハンディがある。

(二)  以上を前提として、控訴人征紀の被った損害の額について判断する。

(1) 治療費

関係証拠(〈書証番号略〉)によると、入院の費用として一八万円、聖マリアンナ医科大学病院への通院中の治療費として一万四一二〇円(文書料を除く。)、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院への通院中の治療費として六四五〇円(文書料を除く。)の合計二〇万〇五七〇円を負担したことが認められ、控訴人らはうち一九万九四一〇円の限度で主張するものである。

(2) コンタクトレンズ購入費

二万九〇〇〇円(〈書証番号略〉)と認める。

(3) 入院雑費

一日一三〇〇円として、三万九〇〇〇円と認めるのが相当である。

(4) 逸失利益

控訴人征紀は、現在のところ、会社で他の人と同様の仕事を一応こなしているが、本件事故により左眼の視力が矯正しても0.07という状態であり、しかも長時間コンタクトレンズを装着することが困難であるという状態にあるため、ほとんど片目でコンピューターの画面をみなければならず、目が疲れやすいというハンディを負っており、今後の勤務や会社内での昇進昇給等に少なからぬ影響が生ずるものと推認される。このような点を考慮すると、控訴人征紀の労働能力喪失率は二七パーセントと認めるのが相当である。

そして、平成三年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計年齢平均の年収は五三三万六一〇〇円であり、控訴人征紀の事故時の年齢は一三才であって、一八才から六七才まで就労可能であると認められるから、ライプニッツ係数は14.2357となり、同人の後遺障害による逸失利益は、二〇五一万〇〇四二円と認める(計算式5336100×0.27×14.2357=20510042円未満切捨て。以下同じ。)。

(5) 慰謝料

前記認定事実を総合すると、障害慰謝料として一〇五万円、後遺症慰謝料として四六〇万円を認めるのが相当である。

(三)  過失相殺

控訴人征紀は当時中学二年生で、それなりに思慮分別を備えた年頃であったし、また、担当教諭から事前にホッケー遊びを止めるよう指導を受けながらその目を盗んでホッケー遊びをしたといった事情を勘案すると、控訴人征紀にも本件事故の発生につき相当の過失があったものといわざるを得ず、本件事故による損害額の算定に当たっては、右過失を斟酌すべきであるところ、前記認定の諸事情を総合すると、同人の過失割合としては七割と評価するのが相当である。

したがって、控訴人征紀が被控訴人横浜市に対して賠償を求め得る損害額は、前記(1)ないし(5)の合計二六四二万七四五二円の七割を減じた七九二万八二三五円となる。

(四)  損害の填補

控訴人征紀が、本件事故に関し、都岡中学校を通じて治療費として一八万七八八〇円の支払を受けたほか、見舞金として合計四八五万円の支払を受けたことは控訴人らの自認するところである。

よって、右合計五〇三万七八八〇円を前記損害額七九二万八二三五円から控除すると、二八九万〇三五五円となる。

(五)  弁護士費用

前記二八九万〇三五五円の約一割相当の三〇万円をもって、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(六)  結論

よって、被控訴人横浜市は、控訴人征紀に対し、国家賠償法二条による損害賠償として、三一九万〇三五五円及びこれに対する本件事故後である昭和六一年二月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二控訴人落合園子の被控訴人横浜市に対する請求について

控訴人落合園子が本件事故の直接の被害者である控訴人征紀の親として本件事故により精神的苦痛を被ったことは確かであるが、前記認定のような控訴人征紀の被った損害の程度等を勘案すると、本件で、控訴人落合園子が直接被害者である控訴人征紀の死亡したときにも比肩すべきような精神上の苦痛を受けた、ないしこれに比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたものとまで認めることはできないから、控訴人落合園子が固有の慰謝料請求権を有すると認めることはできない。したがって、同人の請求は理由がない。

三控訴人らの被控訴人宮村に対する請求について

次に控訴人らの被控訴人宮村に対する損害賠償請求については、当裁判所も原判決の判断をそのまま維持する(控訴人らは、当審において、被控訴人宮村との関係では特に不服の理由を主張しないところである。)が、その理由は原判決理由四説示のとおりであるから、これを引用する。

四よって、控訴人征紀の被控訴人横浜市に対する請求は、三一九万〇三五五円及びこれに対する本件事故後である昭和六一年二月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決を右限度で変更することとし、控訴人征紀の被控訴人宮村に対する控訴及び控訴人落合の被控訴人両名に対する控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官大坪丘 裁判官福島節男)

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